このブログでは、イエス・キリストのたとえ話を分かりやすくお伝えします。
執筆者は、学校法人聖ドミニコ学院の前理事長、スール・マリア・べネディクタ先生です。
入力作業は、聖ドミニコ学院中学校高等学校の生徒達が分担して手伝ってくれました。
聖ドミニコ学院中学校高等学校 校長 高橋延一
追伸:
大変、申し訳ありません。生徒達から受け取ったデータをそのままアップしたため、早々にアクセスいただいた方に、多大なるストレスをお掛けしてしまいました。5月の連休を利用して漸く校正作業を終了しました。
また、未入力の原稿がだいぶ残っていますが、今少しのご猶予をお願いいたします。
2010年5月5日
「ある人が百頭の羊を飼っていて、そのうちの一頭が迷い出たとすれば、その人は九十九頭の羊を山に残して、迷った一頭の羊を捜しに行かないであろうか。そして、もしそれを見つけたならーあなたたちによく言っておくーその人は迷わなかった九十九頭の羊よりも、その一頭を喜ぶであろう。このようにこれらの小さなものが一人でも滅びることは、天におられるあなたたちの父のみ旨ではない」
(マタイ18、12〜14)
このたとえ話を呼んだり聞いたりするたびに、この話の残りの九十九頭はおとなしく待っていたらしいからいいけれど、現実は残りの九十九頭がみな散ってしまって大変なのではなかろうかと、残りの九十九頭のことばかり気になっていました。これは、「学校」という特別な環境に私がかかわっているせいもあったでしょう。勉強がおくれ、いくら説明してもわかってもらえない子供、約束が守れず全体を乱してしまう子供、その一人ひとりも大切。しかし、あとの皆は?
ある日、はっと気づきました。このたとえ話は九十九頭の羊の話ではないのです。迷子になった一頭の羊の話なのです。そうです。イエスさまは、迷子になった一頭の羊に対する牧者のかかわり方を通して、私達一人ひとりに対する神様のなさり方を教えて下さろうとしているのです。
でも、この辺りでは牧者や羊の群れを見ることはないので、ちょっと羊飼いの生活をご紹介したいと思います。
イタリアに住んでいた頃のこと修道院の窓から見える直ぐ前の丘で、いつも羊の群れが草を食んでいました。三百頭の群れだということでした。毎朝、牧者が先頭に立って群れを連れてくるのですが、彼は一人ではありません。三頭の忠実な犬がいつもいっしょでした。その三頭は、群れ全体を守るために、適当な群れの右、左に、そして一頭は最後からついて行きます。左右の犬は忙しそうに、前後を行きつ戻りつしながら、群れをまとめて進みます。はみ出そうとして犬にたしなめられ、少し位いいではないかと犬とかけ合っているらしいのですが犬は頑としてききません。それで恨めしそうな顔をしながら仕方なく群れに戻る羊もいます。
ある日のこと、最後の犬が現れないので、どうしたのかと思いながら見ていると、だいぶ離れて子羊を連れた母羊が来ました。犬はちゃんとその後からついて来ているのです!普通なら、おくれて道草を食う(文字通り)羊をせかしながら群れをまとめて連れて行くのですが、子連れの母羊をせかすことなく、ちゃんとその後からついて行くのです。その優しさに感動しました。
いつもの場所に着くと、羊飼いは悠々と一服したり、ほかのことをしたりしていますが、犬達は忠実に群れを守っています。ですから、一頭が迷い出るということはめったに無いはずのことです。それなのにいなくなってしまったのですからこのたとえ話の一頭は、余程冒険心に富み、常々一度は群れを離れて自分で自由にやって見たいと思っていた羊かもしれません。
とにかく一頭がいなくなってしまいました。「あのきかん坊はいるかな?」と牧者が目を走らせて見たらいなかったということかもしれません。牧者は、残りの羊は忠実な犬に任せ、―きっと、「頼むよ」と一言、言い置いて行ったことでしょう― 迷った羊を探しに行きます。
たとえ話のポイントは、この迷った羊と牧者です。羊はすぐには見つからなかったようです。時間が経つにつれて、牧者の心配は募ります。茂みから出られないのではないだろうか?崖から落ちたのかもしれない。まさか狼に襲われたのでは…。
「もしそれを見つけたなら」とたとえ話では言います。見つからないことも大いにあり得るのです。でも、とうとう見つけました。見つかったということで、牧者の苦労も心配もみな吹き飛んでしまいます。「その人は迷わなかった九十九頭の羊よりも、その一頭を喜ぶであろう」
たとえ話を聞いている人達にとって、このたとえ話はピンとくるものでした。イスラエル人の先祖は遊牧民でしたし、自分が直接羊を飼っていなくても、羊の群れや羊飼いは彼らにとって身近な存在でした。イエス様は、男女のさまざまな年齢層、生活環境の人たちに共感してもらうために、お金を無くしてまた見つけた人の話、息子が家出したのに帰ってきた話など、いろいろなたとえ話を使って話してくださいました。
私たちは牧者ではありませんが、子供が迷子になって、病気になって、もうだめかと思ったのに助かった喜びを想像することができます。「九十九頭もいるから一頭位いなくてもいい」ということはありません。その1頭が無事に戻って来たことが嬉しいのです。他の九十九頭も同じように一頭一頭が大切なのであり、特に何かあると、その一頭が牧者の心の中で特別な位置を占めします。
「これらの小さな者の一人でも滅びることは、天におられるあなたたちの父のみ旨ではない」天のおん父にとっては、一人ずつが、その人自身として、かけがえなく大切なものです。天のおん父は人間に対して、十把ひとからげ式に考えはおもちではありません。どんなに小さくても、弱くても、一人ずつが価値があるのです。どんなに沢山の人間がいても、全体としてひとまとめにした係わりではなく、一人ひとりと係わってくださいます。その「ひとり」を大切にしてくださいます。
迷い出てしまった羊は、もしかしたら手に負えない腕白者、いや反抗者、あるいは敵意さえ抱いている者かもしれません。そんなことはかまいません。天のおん父は何とかして救いたいのです。パウロは、このことを説いて次のように述べています。
「実にキリストは、わたしたちがまだ弱かったころ、定められたときに、無信心な者たちのために死んでくださったのです。正しい人のためであっても、人は容易に死ねないものです。善い人のためならあるいは進んで死ぬ人がいるかもしれません。しかし、私たちがまだ罪びとであったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことによって、神はわたしたちに対するご自分の愛を示されているのです。それで、今はもう、わたしたちはキリストの血によって正しい者とされたのですから、そのキリストによって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。
わたしたちが神の敵であったときでさえ、おん子の死を通して再び親しい間柄にさせていただいたのですから、わたしたちがおん子の命によって再び親しい間柄にさせていただき、救われるのはなおさらのことです」
(ローマ5・6〜10)
自分は十分に清くないから、神の前に出るには相応しくないと考える人がいます。では、自分の力で自分を清めることができるのでしょうか?もしできないなら、永遠に神の前に出ることはできないのでしょうか?
イエス・キリストが教えてくださる天のおん父、神のイメージはそうではありません。どんな人であろうとも、たとえ敵対した人であろうとも、探し続け、もし見つけられるままに戻ってくるなら、大喜びしてくださいます。
このおん父に信頼し、導かれて歩みましょう。一人ひとりが、天のおん父にとって、かけがえなく大切な一人ひとりであることを、忘れないようにしましょう。
種蒔きのたとえ話は、共観福音書の名で呼ばれるマタイの福音書、マルコ福音書、ルカ福音書の三書全部に収められています。
このお話は次のように始まります。(ここでは、マタイ福音書十三章から引用します)
「その日、イエスが家を出て湖のほとりに座っておられると、大勢の群衆が周囲に集まってきたので、イエスは船に乗って腰をおろされた。群衆は皆、岸に立っていた。イエスはたとえでいろいろのことを語られた。」
イエスの最初の弟子たちは、ガリラヤ湖の漁師達でした。その中の一番弟子、ペテロの家は、ガリラヤ湖畔のカファルナウムにあり、イエスはよくその家に泊まり、ここを根拠として宣教活動をしていらっしゃいました。この日もきっと、ペトロの家を出て湖のほとりに座られたのでしょう。
すでにイエスの活動は始まっていましたから、イエスは神の国のことを、当時の偉い先生とは変わった話し方で話してくださるとか、病気を治してくださるとかいうことで、名声が広まっていました。それで、イエスを見つけると、大勢の群集が集まってきました。そこでイエスは、この群集に話すために少し距離をとろうとして、そこに繋留してあった小船にお乗りになりました。ルカの福音書によれば、「漁師たちは船をおりて、網を洗っていた。イエスはそのうちの一艘、ペトロの持ち舟に乗り、岸から少し離れるようにお頼みになった。そして座って、船から群集に教えになった」ということです。
ガリラヤ湖は、湖とはいえ、東西は巾の広いところで十二キロメートル、南北は二十キロメートルくらいある大きな湖です。たぶん風も穏やかで波もない日だったのでしょうが、それにしても、イエスは音量豊かで、よく透る声の持ち主でいらっしゃったのでしょうね。
さて、この時お話しくださったのが種蒔きのたとえ話です。
「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いているうちに、ある種は道端に落ちた。すると、鳥が来てそれらを啄んでしまった。ほかの種は土の薄い岩地に落ちた。そこは土が深くなかったので、すぐに芽を出したが、日が上がると、根がないので、焼けて枯れてしまった。ほかの種は、茨の間に落ちた。やがて茨が伸びてそれらを覆い塞いでしまった。ほかの種はよい土に落ちて実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍となった」
日本の丁寧なおこしや種蒔きを考えるなら、このたとえ話は少々わかりにくいですが、荒地を棒の先で掘り返して種を蒔くところを想像していただければ、ほぼ納得はいくのではないかと思います。日本でも、この頃は、自然を奪われ、山の住家が無くなった鳥たちが、学園の小さな畠の種蒔きでさえ目ざとく見つけ、終えるや否や啄んでしまいます。イエスの時代とはまた違った苦労があります。
さて、弟子達がイエスに、なぜたとえ話で話すのかと聞くと、イエスは、これは天の国の秘義で、あの人たちには話してもわからないから、たとえで話すのだとおっしゃいます。人の心を見とおされるイエスは、人が受け入れられる度合いに応じて天の国の秘義を明かしてくださいます。このたとえ話が天の国の秘義であるということを記憶にとどめ、これについては後でもう一度触れることとして、先に、このたとえ話についてイエスがしてくださる説明をききましょう。
「だれでも神の国のことばを聞いて悟らないと、悪者が来てその人の心に蒔かれたものを奪ってしまう。道端に蒔かれたものとは、こういう人のことである。岩地に蒔かれたものとは、みことばを聞いてすぐ喜んで受け入れるが、自分には根がないので、それは一時的でみことばのために苦難や迫害が起こると、すぐに躓いてしまう人のことである。茨の中に蒔かれたものとは、みことばを聞いたが、そのみことばが世の思い煩いや富の誘惑に覆い被せられて、実を結ばなくなる人のことである。よい土に蒔かれたものとは、みことばを聞いて悟り、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶ人のことである」
種とは、神の国のことば、みことばです。神から出、神の国をもたらすことばです。時に、私達の心は道のように固くなっていて、みことばをうけつけません。すると、悪者が来てその種を奪ってしまうとイエスは言われます。
アシジのフランシスコの生涯の中に、こんな話があります。ある町の門(中世の町は城壁に囲まれ、町の出入りには門を通らなければなりませんでした)の上で、悪魔達が昼寝をしていました。また別の町の門の上では、悪魔達が大勢踊り騒いでいました。そこで聖人は尋ねてみました。「どうしてお前さんたちは昼寝をしているのかね」。すると悪魔はこう答えました。「何もすることがないからさ。この町の人たちは、些細なことで年中いがみ合い、争っているんだ。だからおれ達は何もすることがないのさ」。聖人はもう一方の悪魔に尋ねててみました。「どうしてお前さんたちはそんなにうるさく騒いでいるのかね」。すると悪魔はこう答えました。「この町の人はよく神様のことばに耳を傾け、いつも正しいこと、善いことをしようとするんだ。おれ達がうかうかしていると、居る所が無くなってしまうんだ。だから神のことばに気づかせないように、一所懸命邪魔しているんだ」
(続きは入力中です)
「ところで、あなたがたはどう思うか。ある人に二人の息子があった。彼は長男のところに行き、『息子よ、きょうはぶどう園に行って働いてくれ。』と言った。すると長男は『いやです』と答えた。しかし、あとで思いなおして出かけた。次に、次男のところに行き、同じことを言うと、『お父さん、承知しました』と答えたが、行かなかった。この二人のうち、父の望みどおりにしたのは、どちらか」 (マタイ21、28〜31)
皆さまはこの問いに何とお答えになりますか?
この場面はよくあることかもしれません。特に、反抗期の子供達は、何を言われても、言われただけで「いや」と答えます。
幼稚園が三歳児保育を始めた最初の年のことでした。三才といってももう間もなく四才になろうとしている子供から、三才とはいうものの、心理的には二才の反抗期を出ていない子供までいます。こうした子供の一人が、「さあ、お外で遊びましょう」と先生がおっしゃると、ほかの子供達は喜んで外へ出て行くのに「いや」と言って一人室内に留まり、「さあ、お部屋に入りましょう」と皆が入ってくると、一人でテラスに出て来ていたものでした。
しかし、このような反抗は、年齢とともに、また、先生のおっしゃたようにする方が楽しいこと、面白いことが沢山あるとわかってくるにつれて、なくなっていきます。
もう一度、児童から青年に移っていく時期に、人に言われた通りではなく、自分が意識する自分を確立するために、外から来るものを何でも「いや」と排除したくなる時期があります。しかし、この時の拒否の度合いは、それまでに養われた大人への信頼感、あるいは不信感によって大きく違うように思います。
ところで、このたとえ話に出てくる二人の息子は、もうそんな時期を過ぎた青年のようです。ぶどうは、パレスチナの代表的な農産物です。旧約聖書の中で、国が平和だという描写は、「ぶどうといちじくが豊かに実る」という言葉です。このたとえ話の舞台がもし日本でしたら、さしずめ、「父は長男に『きょうは田ん圃に行って働いてくれ』と言った」というところでしょう。
長男は「いやです」と答えましたが、あとで思いなおして、行って働きました。お父さんに無理強いされたようでもありません。一度は自分の気持ちや都合を優先させたものの、お父さんのことを考えたのでしょう。息子をよく知っているお父さんは、「この子はきっと行ってくれる」と思っていたかもしれません。
次男は、口では、「承知しました」と答えましたが、実際には行きませんでした。「何も自分が行かないでも、雇い人がいるさ。それにお父さんが見ているわけでもないし…」等々、お父さんのおっしゃることより、自分の了見の方を先にし、お父さんのおっしゃることではなく、自分の気に入ることをすることにしてしまいました。
ところでこれは何のたとえ話なのでしょうか? 聖書をもう少し読み続けましょう。
「彼らは『長男です』と答えた。そこで、イエスは仰せになった。『あなたがたによく言っておく。徴税人や遊び女が、あなたがたより先に神の国に入るであろう。というのは、ヨハネが正しい道を示しに来たのに、あなたがたは彼を信じなかったが、徴税人や遊び女は彼を信じたからである。あなたがたはそれを見てもなお、悔い改めてヨハネを信じようとしなかった」
(マタイ21、31〜32)
「父の望みどおりにしたのは、どちらか」というイエスさまの問いに対して、聴衆は「長男です」と答えました。イエスさまはこの答えを承認なさいます。「いやです」と言ったことへの咎めだてではなく、実行したことを受けいれてくださいます。長男は、最初は、「それは自分の気に入らない」と自分を中心にした物言いをしましたが、「いや、お父さんがそう望んでいるのだから、お父さんのいいようにしてあげよう」と、考えの重心を自分から相手に移します。発想の転換です。
聖書の別の箇所で、イエスさまは次のようにも言っていらっしゃいます。
「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言うものが皆、天の国に入るのではない。天におられるわたしの父のみ旨を行う者だけが入るのである」
(マタイ7,21)
イエスさまが、二人の息子のたとえ話をなさった相手は、大祭司や民の長老たちでした。すなわち、ユダヤ社会での宗教的指導者たちでした。彼等は、ほかの誰よりも神様のことを知っており、神様に近いはずでした。民衆もそう思っていましたし、自分たちもそう思っていました。ところが、イエスさまは、「徴税人や遊び女が、あなたがたより先に神の国に入るであろう」とおっしゃいます。
徴税人や遊び女は、悪い人の代名詞のようなものでした。
徴税人は、字が示している通り税金を徴収する人です。現代でも税務署は余り愛される役所ではないでしょう。でも、独立国家にあっては、税金は自分の国の維持、向上のために使われます。しかし、イエスさま時代のユダヤは、ローマ帝国の一地方でしたから、ローマに税金を納めなければなりませんでした。したがって、いつなんどき、どんな金額の要求がきても対応することができるように、ユダヤ地方としては十分に準備しておかなければなりませんでした。それで、各徴税人は、いつなんどきどのように要求されても納めることができるように、余分に徴収して備えていました。心ならずもそうした人もあったでしょうが、余ったものは自分の懐に入って当然と思っている人が多かったのでしょう。それで、民衆からみると、徴税人は泥棒であり、自分たちに圧制を加えるローマにおもねる、憎むべき者ということになるのでした。
遊び女については、注釈を加える必要もないでしょう。しかし、なぜ女だけが悪者になるのでしょうか?不思議です。しかし、姦通の現場で見つけられ、女だけが捕まえられて石殺しにあわなければならなそうになったとき、イエスさまは見事にその女を救って下さいました。
(ヨハネ8。3〜11参照)
イエスさまは、徴税人や遊びを長男に、大司祭や民の長老たちを次男におたとえになりました。徴税人や遊び女は、自分の身の安泰や、目先の快楽を先に暮らしていましたが、決して、「これでいい」とは思っていませんでした。でも、落ちるところまで落ちてしまうと、自分ではどうしようもないことがあるのです。正業に就きたくても、「あの人は、以前は・・・」と白眼視されて、社会に受け入れてもらえません。
神様は「お前は以前は」といつまでも過去をせめるようなことはなさいません。どんな大きな罪人であろうと、悔い、改め、ゆるしを願い、新しい出発をするなら受け入れ、祝福し、喜んでくださいます。「今」が問われています。
大司祭や民の長老たちは、神様について沢山のことを知っていました。神様が何をお望みかも知っていました(知っているつもりでした)。「自分は正しい」「これでよい」と思っているので、改めたり、ゆるしを願ったりする必要は感じませんでした。返事も模範解答です。「お父さん、承知しました。」しかし、その後で、行かないことを正当づける理由がいろいろと湧いてきます。
(続きは入力中です)
「また、天の国は次のように言えよう。ある人が旅に出るとき、そのしもべ達を呼んで自分の財産を彼らに預けた。主人はしもべ達の能力に応じて、ある者には五タレント、ある者には二タレント、ある者には一タレントを預けて、旅に出た。」
(マタイ25・14〜15)
タレントとは、イエスさまの時代の貨幣の単位でしたが、もとは重さの単位で、約三十四キログラムです。旧約聖書には、神様からの命令として純金の燭台、ともしび皿、芯切りばさみ、芯取り皿を造りなさいというのがあり、「すなわち純金一タレントで燭台とこれらもろもろの器とが造られなければならない」(出エジプト2・39)とあります。
また、「ささげ物なる青鍋は七十タレント二千四百シケルであった。これを用いて会見の幕屋の入り口の座、青鍋の祭壇とそれにつく青鍋の格子、および祭壇のもろもろの器を造った。また庭の周囲の座、庭の門の座、および幕屋のもろもろの釘と、庭の周囲のもろもろの釘を造った」(出エジプト38、29〜31)という記述もあります。銀についても出ています。「彼はまた銀百タレントをもってイスラエルから大勇士十万人を雇った」(歴代下25、6)ここでは通貨の意味が強く出ています。旧約聖書の時代には金銀などが地金で取引きされていた時代でした。
イエスさまの時代には、もう、発行者の権威を刻印した貨幣が一定の価値を持つものとして通用していました。一タレントとはどれ位の価値があったのでしょうか? 比較の見当をつけるとすれば、一タレントは六十ミナ、一ミナは百ドラクマ、一ドラクマは、当時の一日分の労費にあたる金額の貨幣でした。ですから、一タレントは六千日分、即ちほぼ十六年半分の給料ということになります。ほぼ一生の給料分に近い金額ですね。聖書では、よく、神様のなさり方の桁の大きさに驚かされますが、ここもその一例です。
このご主人は、大金を預けてでかけました。しもべ達はどうしたでしょうか?
「五タレント預った者は、ただちに出かけて行き、それを使って商売をし、ほかに五タレント儲けた。同じように、二タレントの者も、他にニタレント儲けた。ところが一タレント預ったものは、出て行って土を掘り主人の金を埋めておいた。かなり日がたってから、しもべ達の主人が帰って来て、決算を求めた。そこで、五タレント預った人が、進み出て、別に五タレントさし出し、『ご主人さま、私に五タレントお預けになりましたが、ご覧ください。私はほかに五タレント儲けました』と言った。主人は、『よくやった。善良で忠実なしもべよ。おまえはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。さあ、おまえの主人と喜びをともにしなさい』と言った。
それから、二タレントのひとも進み出て、『ご主人さま、私に二タレントお預けになりましたが、ご覧ください。ほかに二タレント儲けました』と言った。
主人は、『よくやった。善良で忠実なしもべよ。おまえはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。さあ、おまえの主人と喜びをともにしなさい』と言った。
ところで、一タレント預った人は進み出て言った。『ご主人さま。私はあなたがきびしいかたで、自分で蒔かなった土地の収穫を自分のものにし、自分でふるいにかけなかったものをかき集めるかたであることを知っています。私はこわかったので、出て行き、あなたのタレントを土の中に埋めておきました。ご覧ください。これがあなたのものです』。
すると、主人は言った。『怠け者の悪いしもべよ。おまえは私が蒔かなった土地の収穫を自分のものにし、自分でふるいにかけなかったものをかき集めることを知っていたと言うのか。それなら私の金を銀行に預けておくべきであった。そうすれば、私は帰って来たとき、元金に利子をつけ返してもらったのに。さあ、この男からそのタレントを取り上げて、十タレントをもっているひとに与えよ。持っている人は与えられて更に豊かになり、持っていない人は持っている物まで取り上げられる。この役に立たないしもべを、外の闇に投げだせ。そこには嘆きと歯ぎしりがある。
(マタイ25、16〜30)
たとえ話は、話のすみずみまで、何かにあてはめようとする無理があり、たとえに使われている点を見きわめてはなりませんが、ここではたとえは割にはっきりしていると思います。
ここでのご主人さまは神様です。私達は神様からの命をいただき、自分の存在すべてをお預かりしています。先程、「聖書の中でよく桁の大きさに驚かされる」と申しましたが、私達がお預かりしているものも、考えてみると、無限と言ってもいいようです。
誰も自分の脳細胞を全部使いきる人はいません。「もうできない」と、投げ出したとき、それでやめればここまでです。しかし、「いやもっとできるはず」と励まされて努力を続けるなら、より以上のものが得られます。
特に青少年に関してはそうです。私は決して「この子供たちの能力はこれで限界」だどとは思わないことにしています。かつてはそんなことを思った時代もありました。しかし、それは間違いであることが何度か証明され、今では決してそんなことは思いません。事実、子供達は、その気になれば、驚くばかりの結果を見せてくれるのです。
神様は、何のために私達に命をくださり、いろいろなタレントを預けてくださっていらっしゃるのでしょうか? それは、ご自分の喜びの国にわたし達みんなを入れてくださるためです。でも、それは、私達が主体性の無いもののように、ただ一方的に神様が計らってくださって、私達はしていただくだけというようにではなく、私達もこの事業の協力者となり、知恵を働かせ、心を働かせて、主体的にみなの幸せのために働くことによってです。神様は私達を物のように扱われるのではなく、協力者、友として扱ってくださいます。ですから、一人ずつに沢山のタレントを預けてくださり、その使い方を私達にまかせてくださっていらっしゃるのです。
私はどんなタレントをお預かりしているのでしょうか? 体の健康? 心の健康? 勝れた運動能力? 明朗さ? 豊かな情緒? 美しい声? 器用な手? 鋭い頭脳? 各自、これも教えあげれば限りがありません。
「自分は何ももってない」というのは偽りであり、神様を冒涜(ぼうとく)することです。あなたに命をくださった神様は、あなたの分のタレントをお預けになっていらっしゃらないはずはありません。「いえ、ありません」と言う人は、土を掘ってタレントを埋めたしもべのようです。それを使うことなく、なんの実りももたらすことなく、ただ無為に、そのままにしておくのです。英語も、フランス語も、スペイン語もロシア語もできかたかもしれない。お料理、お裁縫も上手になったかもしれない。本も読めたかもしれない。ダンス、ピアノができたかもしれない。医者になれたかもしれない。技術者になれたかもしれない・・・・。でも何もしないのです。これでは、いつの間にか、持っていたつもりのものさえ失ってしまい、追い出されてしまいます。
神様は一人に五タレント、一人に二タレント預けて不公平でしょうか? もし、五タレント預けた人に七タレントでよいとおっしゃっり、二タレント預けた人から十タレント要求なさったら不公平でしょうね。それに「主人はしもべ達の能力に応じて」とあります。人はそれぞれ自分の器いっぱいにいただきます。一人ひとりみな違います。あの人のとこの人と私は違います。ですからあのひともこのひとも私も存在している意味があるのです。健康がない人は、人に迷惑をかけるばっかりでしょうか? いいえ、ベッドの上で身動きもできないのに、周囲の人にやすらぎを与え、勇気を与える人もいます。健康で力があり余っていて人に迷惑をかけるひともいます。どれだけ沢山の家庭が、一番弱いおばあちゃまや赤ちゃんから一致と平和、喜びをいただいていることでしょうか。怠け心を起こすとき、私達は自分に無いものを数えはじめます。頭が悪い、不器用だ、声が悪い、時間が無い・・・ここからは何も生まれません。無いものでなく、あるものを数えましょう。頭は悪いけど体力はある、右手はうごかないけれど左手は使える、いっしょに走れないけれど傷の手当てはできる・・・。
私達には、土の中に埋めてあるタレントも沢山あります。
ひとつの経験をお話ししましょう。ある日、私は視力に障害のある方がたとごいっしょしたことがあります。お互いに自己紹介しました。私はちゃんとおひとりずつに目を留めながらお名前を聞いていました。視力に障害のあるかたがたは私達の声だけをきいていらっしゃったわけです。お互いに十数人ずつのグループでした。その後、一緒に、聖歌の練習をし、茶話会になりました。人様のお名前とお顔を覚えるのは苦手ときめてかかっていた私は、特に記憶に留める努力もしていなかったので、もう殆どどなたのお名前もわからなくなっていました。ところがどうでしょう。隣り合わせたかたから、「武田さんさっきあなたは云々」と話しかけられたのです。まさに晴天の霹靂でした。心から恥ずかしく思った私は、それ以来、何によらず何気なく聞き流してしまうことのないようにと決心しました。結果はまだまだですが、確かに前とはちがいます。
自分がお預かりしているタレントに目覚めようではありませんか。私達の協力なしに私達を存在させてくださった神様は、私達なしにこの社会の完成をなさいません。自分のタレントを使い、殖やして、近い人々、遠い人々のお役に立てようではありませんか。これが、世界の中で私が占める場であり、私がもしこれをしないなら、その場は永久に空席のままでしょう。